夢見るように歌いたい

 どうしてあの子たち、テレビに映っているんだろう。

 ちょっと歌が上手くて、ダンスの練習したっていうだけじゃないのかなあ。

 あたしと、同じ齢なのに。

 あたしだって歌は上手いよ。カラオケで九十二点出したことあるもん。

 あとはちょっと、スクールに行ってダンスを習ったら、デビューできるよね。

 あの子たちとあたし、なにも違わないもん。

 だけど、このへんにはダンススクールなんてない。

 それだけのことなのに、どうしてだろう。

 どうして、あのテレビに映っているのがあたしじゃないんだろう。

 せめて、テレビに映る機会さえあれば。

 あたしだって、みんなに注目されるに決っているのに。

 

 久しぶりに、学校に行ってみた。

 教室に入ったとたん、みんながあたしの方を振り向く。

 でも、その一瞬だけだ。

 すぐにみんな、あたしから眼を逸らせる。

 眼を背けてるんじゃ、ない。ぜったい、ちがう。

 だってあたしは、あたしは、きっと、いつかテレビに出るんだから。

 そうして、みんなに注目されるんだから。

 だから、クラスの連中が、いま目の前にいるあたしを、無視するはずがない。

 だって、そうしたら。

 あたしがテレビに出るようになったとき、威張れないじゃない。

 

 みんな、ひそひそと、でもなにか興奮して、話し合っている。

 自分たちだけで、話し合っている。

 いいよ。あたし別に、あんたたちと話なんかしたくないから。

 ひそひそ話の内容が、聞こえてくる。

 あたしが聞いてるんじゃないよ。聞こえてきちゃうんだ。

 (殺人だろ)

 (残酷)

 (遠い街で)

 (同じ齢の)

 なにか、事件でもあったんだろうか。

 (刃物で、ずっぱり)

 (面白がって)

 (ひどい)

 (ザンコク)

 (ハモノデ)

 (オモシロハンブン)

 (ヒトゴロシ)

 (オモシロイ)

 

 だれかが、教室のテレビをつけた。朝の番組が、事件を報じている。

《それでは、現場近くの警察署から中継です。〜さぁん》

《はい、こちら〜察署前で〜。容疑〜少年は、今朝、〜移〜。姿〜見ることは〜》

 なにを言っているんだかわからないほど、背後が騒がしい。

 リポーターの後ろに、カメラの前に、たくさんの人間が集まっている。

 近くの、中学生たちなのだろうか。

 あたしと同じぐらいの齢の連中が、テレビに映っている。

 それぞれが思いおもいに、手を振ったり、垂幕を示したりしている。

 あ。

 あいつら、テレビに映っている。

《え、リポートの途中ですが中継を終わります。いやちょっと、ひどいですねえ》

《被害者の遺族のお気持も、考えてほしいですね》

 あいつら、あんなことで、テレビに映っている。

 どうせ、あたしより歌が上手くもないはずなのに。

《ではここでもう一度、死体が見つかった被害者宅前の写真です。

 死体はここに、手脚をバラバラに切断されて捨てられていたわけですが……》

 

 なにもない時間が過ぎていった。

 授業って、こんなものだったっけ。

 しばらく出なかったうちに、忘れてしまっている。

 教師は、あたしをちらりと見ただけで、なにも言わない。

 休んでいたことを叱りもせず、登校したことを誉めもしなかった。

 昼休みになると同時に、またテレビがつけられた。

 何度かチャンネルが変えられたあと、教室がふいに、静かにどよめいた。

 こんどは、なに。

 画面に目をやると、ひとりの男の子の写真が、アップになって映っていた。

《容疑者は未成年ですが、事件の重大さに鑑み、我が局はあえて実名と写真を》

 ふうん。この子なんだ。

 極端に拡大されてぼやけた写真からは、なにも読み取れない。

 だけど。

 いま、全国のひとが、この写真を眼に焼き付けているんだろう。

 あたしと、同じ齢のこの子を。

 あたしより歌が上手くないだろうこの子を。

《〜少年は不登校を繰り返していて》

 教室中の目が、こんどはあたしに集中した。

 あたしは黙って立ち上がり、鞄を持って教室を出た。

 昇降口のあたりで、いつのまにか自分が、歌っていることに気づいた。

 今日、学校に来てから、いま歌いはじめるまで、誰とも口をきかなかったことにも。

 

 昼過ぎのこんな時間に、歩いている中学生はあたしだけだ。

 幼稚園の前を通ったときには、送迎の親たちが、変な目であたしを見ていた。

 このおばさんたちは、あたしのことを知らない。

 あの子のことなら、だれでも知っているのに。

 どうしてだろう。

 あたしが、ダンスの練習をしていないからかな。

 ダンスさえできれば、あたしのことを、全国のひとが見てくれるのに。

 あたしがどこにいて、なにをしていて、なにを考えているか。

 みんなが、気にしてくれるのに。

 

 いつのまにか、家とは違う方向へ歩きはじめていた。

 あたしの前に、幼稚園から帰る子供が歩いている。

 珍しく、親と一緒ではなく、ひとりで帰るらしい。

 歩きながら、じたばたとなにか手脚を動かしている。

 踊っているつもりなのかもしれない。

 幼稚園で教わったダンスなんだろう。

 

 この子は、ダンスを教わっているんだ。

 あたしが、できなかったことを。

 

 後ろから、そっと近付く。

 両手を伸ばす。

 てのひらを輪にして、その子の頚筋に添える。

 温かい、柔らかい、細い頚の感触。

 その子は振り返った。

 驚いたような表情。

 あたしは、微笑んだ。

 つられて、その子も微笑む。

 ぷくぷくと丸いその笑顔に、ふいに赤みがさした。

 そのまま、どす黒くふくれあがっていく。

 自分の指に、こんなに強い力があるなんて、思わなかった。

 簡単に、ひとを殺せるぐらい。

 

 ぐったりして、完全に動かなくなった子供を、あたしは抱き上げた。

 ずっしりと重い。

 さっきはあんなに力が出たのに、どうしてこんなに重く感じるんだろう。

 だけどその重さを我慢しながら、あたしはまた歩きはじめた。

 たしかこっちの方角に、警察署があったと思ったんだけど。

 テレビ局に直接行くのは、少し遠いから。

 警察から、テレビ局を呼んでもらおう。

 いまのあたしなら、その願いもすぐに聞いてもらえるはずだ。

 ダンスの練習は、できなかったけど。

 こうすれば、あたしもテレビに映れる。

 だれもがきっと、あたしの顔と名前を、脳裏に焼き付けてくれる。

 あたしに、注目してくれる。

 子供の身体は重くて、警察署までの道は遠かったけど、気にならなかった。

 その瞬間が来るまでの楽しみを、いつまでも味わっていたかった。

 いつのまにかまた、あたしは歌っていた。

 いつまでも、いつまでも、歌い続けていた。

'97/07/14
nuts/相生浩史

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