音楽

太田裕美

雨の降っている日なんかは、こういうのがいい。といっても、ベストアルバムしか持っていないんだけどね。比較的初期の、ほやほやぁっとした曲でのほほぉんとしていると、ふいに「さらばシベリア鉄道」になって衝撃を受ける、という楽しみがいいよね。

1998/03/18

一風堂

何人かでカラオケに行ったとき、もちろん基本は「好きな歌を入れる」なのだがそれ以外に、「ウケる歌を入れる」という方向もある。なにがウケるかはいろいろだが、同世代ばかりのときには十代のころ流行った曲というのがひとつの定番になる(懐メロってのはこうやって市場を作ってきたんだな、というのがよくわかる話だ)。いまでも活動しているアーティストより、いわゆる一発屋の方がおもしろいし、典型的な一発屋としてすぐ名前が出てくるアーティストよりは、いくらか意外性を狙った方がいい。
というわけで、一時期気に入っていたのが「すみれSeptember Love」だったのだが、思いついてから使えなくなるまで、わずか三ヶ月ほどの寿命でした。くそ。でもこの曲、キーもわたしに合っていてわりと歌いやすいので、ほとぼりが醒めたころにまた持ち歌にするかもしれません。だけどそのころ、オリジナルアレンジの方はカラオケに残っているのだろうか……。

1998/03/13

SPEED

ごめん。実は好きなんだ。これ言うと、周囲の人間はみんなゲッという表情になるのだが。まず、ダンス系の特徴なんだろうけど、アレンジが単調なのを別にすればけっこう黒っぼくて、趣味に合うんだよね。歌詞については賛否両論あると思う。というか、自分の内部でも賛否が分かれる。「とーきょーのじょしちゅーがくせーはみんなこんなんかー」という誤解を招きかねない、という意味では、宮台真司が援助交際という言葉を広めすぎたという点で非難されるのと同じ問題がある。けど、いちおう前向きに解決策を提示しているということで、多少は帳消しになるんじゃないかな。安っぽい解決策なんだけどね。
あとはまあ、みんな可愛いし。とかいいつつ、いまだに四人の区別がつかないし、だれ一人として顔と名前と声が一致しないのだけど。ああ、おじさんだなあ……。

1998/03/16

などとマジメっぽい話をしているようだが、おかしいな、最初はこんなこと書くつもりはなかったんだ。いやある時点から急に気になりだしたのだが、彼女たちが新しいCMやクリップに出るたびに、四人のバストサイズの平均値って上がってきていないか。一人が急に目立ってきたり、全員がなんとなく増えていたり、パターンはいろいろだけど、へたすると二〜三週間の間隔でもう差がついていたりする。成長期っていいねえ。って、やっぱりおじさんの発言になってしまうのはなぜだ。

1998/03/28

米良美一

「週刊アニメ・みいファぷー」を先週見逃したら、いつのまにかオープニングの歌手が変わっているではないか。スキャンダルだかなんだかの関係なのかもしれないが、くだらないことである。黙っていたらおれなんか忘れていたかもしれないのに。
で、同じ曲を別の歌手で聴き比べてみて感じたのが、「基礎の差って残酷なんだなあ」ということ。もともと彼の歌唱力を前提に、ヨーデルやらファルセットやら高度なテクニックをぶちこんで作った曲なのだと思うが、そういうテクニックをこなす力なしで歌うと、歴然と差がついてしまう。交代した歌手(名前忘れた)が、一般的な意味で下手だというわけではない。最初から彼女のヴァージョンを聞いていたら、たぶんそれで納得できていただろうというレベルには達しているのだが、比べてしまうとやはりつらい。
このへん、書き方が微妙だなあ。クラシックが「偉い」と言っているわけではないのだ。クラシックのメソッドやテクニックは「凄い」という話をしているのだが、うっかりしているとこれがすぐ「偉い」「偉くない」という話になってしまうんで、微妙なのだ。ブルース系の「上手い」は「凄い」でもあるんだけど、これはなかなか「偉い」にはならないのになあ。なってもらっても困るが。
ブルースももうちょっと、なんかたとえば「ソウルがある」とかそういう言い方じゃなくて、基礎的なテクニックを定量化するなんてことはできないものなのかなあ。って、たぶんおれが理解できないだけで、山下洋輔の「ブルー・ノート研究」なんかがそれに当たるんだろうし、他にもたくさん論文はあるのだろうけれど。
でも、学校やテキストで基礎を勉強しなくてもプロになれるのって、ブルースと小説ぐらいじゃないだろうか。

1998/03/28

これもいつのまにか、米良バージョンに戻ってしまったようだ。さすがに同じような意見があったんだろうな。

1998/08/07

ポケットビスケッツ

なんか世間では企画ものという扱いをされているようだけど、わたしは千秋とパッパラー河合のユニットだと思っているのでとても好きです。マイフェバリットは「Red Angel」かな。新曲「POWER」はそれに比べると、曲としてはイマイチかなあ、とも思うのですが……どうもこの、弱いところを突かれてしまって。「元気玉」とか「赤い巨大なウィングマン」とか、この例示で通じるものかどうかわかりませんが、そういうPOWERを見せられるのに弱いんです。
ちなみに、嫌いな曲は「Orange」。嫌いといっても曲そのものがどうというんじゃなくて、なんかこの、歌詞がいかにも素人というか、白状してしまいますとわたしが十代のころ書いていた詩もどきに雰囲気が似ているんだ(汗)。自分の忘れたい過去を見せられているようでイヤなの。そう思えるってことは、逆にまだ若僧だという証拠なのかもしれませんが。

1998/08/22

上で「千秋とパッパラー河合の」と書いたのは、つまり作詞と作曲のことだ。
基本的にテレビはあまり見ないのだが、ポケビのおかげで「ウリナリ!」だけは欠かさずに見ている。「POWER」のおもしろさは、やはり番組の方を見ていないとわからない。
〈モダンな友情 素敵なギャンブル つれないゲームでも〉
〈いつも胸にあの歌を抱いて〉
こうした、なんとなく流したみたいな歌詞にも、ちゃんと意味があるのだ。つまり千秋の中の、〈透明な絵本の中から動き始めた物語〉は、この「POWER」を作詞し、歌うことで完結してゆく。
物語を背負った個人たちの集団が、ドラマを創り出す。サッカーやバレーボールの日本代表が観る者に感動を与えるのも、つまりは同じ構造に集約されるのだ。

1998/09/10

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

好きなミュージシャンの一人です。残念ながらまだ彼自身の演奏を聴く機会がなくて、彼の曲を別の人がカバーしたものに関しての意見なのですが。
というわけでライブで聴いてもいないのに想像してしまうのですが、なんとなくこいつは、チェンバロなりを弾き終わったあと、一瞬の間をおいてからこちらを振り返り、「いかがでしたか、楽しめたでしょう」とでも言いたげな微笑みを見せそうな気がする。うん、絶対やるな。
一方で、たとえばベートーヴェンなんかは、弾き終わったあとにこちらを振り返るところまではいっしょでも、「どうだ楽しめたろう、なにしろ俺様の曲なんだぞ」という表情で睨みつけてきそうだ。こういうやつの方がミュージシャンとしてはおもしろいと思うんだけど、モーツァルトは圧倒的な天才という前提を本人も自覚した上でのことだから、なんともいえないところです。どっちにしろ、友達にはなりたくないけどね。

1998/08/22

TOPS

もうだいぶ昔のグループになっちゃうな。最初は新田一郎プロデュースという理由で聴き始めたのだが、ファンクというジャンルはわたしに向いているのか、いくら聴いても飽きないところがある。――というのは「Vehicle」や「Soul Children」(あ、これはTHE TOPS時代か)の話であってそれはそれでいいのだが、「Romanesque Champion」所収の「プラタナス」は、別の意味でわたしにとって、とても大事な曲なのだ。

1998/08/25

新田一郎

言わずと知れた、スペクトラムのリーダー。
ちょいとおちゃらけていて、ちょいとロリコンで、アレンジの鬼才で、演奏とヴォーカルのテクは超絶で、ソロアルバムではふざけたような曲にとんでもないセンスを詰め込んで、そしてルックスもサウンドもめちゃめちゃカッコいい。
相生の小説を読まれた方はお気づきでしょうが、「こわれものsituation」「AOYAMA Fly me to the moon」、あるいはまだ小説の形では出てきていないけれど「福助」など、新田さんのソロアルバムからもかなり影響受けています。
現在は社長業に専念しているのか、音楽活動からは遠ざかっていられるようですが、またあの厚みのある生ブラスを聴きたい。それも贅沢にあたるのが、今という時代なのでしょうが……。

1998/08/25

このページのタイトル、「CoCoNuts-Club」というのがそもそも「こわれものsituation」からの引用であることを、説明しなきゃと思って忘れていました。そのぐらい、内部化され、あたりまえの存在になっていた――わたしの内宇宙、精神構造のかなりの部分が、そもそもスペクトラムと新田さんの作品世界によって成立していたのだ、ということを、この件で再確認しました。

1999/05/01

スペクトラム

語り始めれば、きりがない。
1979年8月、衝撃的なデビューを飾った音楽ユニット。1981年9月、わずか二年余りの活動を終え、解散。「伝説のブラスロックグループ」「日本で最初のビジュアル系バンド」といった形容が一般的である。
わたしが彼らから受けた影響は、計り知れない。長年つきあっている友人の観察によればわたしは、ほぼ五年ごとになにかにバカのようにハマりこむ性質があるらしいが、十五歳を中心にする五年間を支配したのが彼らの音楽であり、思想であり、精神であった。この時期はつまり、わたしの、わたしとしての人格形成期にそのまま相当するのだ。

語り始めれば、きりがない。
そしてまだ、語り終えることはできない。

1998/08/25

上の項目、読み返してみると恥ずかしくてしょうがないのですが、つまりそれだけ思い入れが深かったのだということです。いや、過去形じゃなく、思い入れはいまだに継続していますが。好きでありすぎて冷静ではいられず、この想いをすべて言葉で伝えるためには一生でも語り続けなくてはならないほどの気持ち。おそらく、わたしは一生語り続けることでしょう。なんらかのかたちで。
先日、ひょんなことからスペクトラム&新田一郎のファンサイトにたどり着き、感動というか、感激というか、感慨にふけっているところです。熱烈なメッセージや掲示板のやりとりにあのころの気持ちを思い出し、それがずっと自分の中に底流していたのだということを確認し、そして百何十人という人々が、あえて仲間と呼ばせてもらいます、仲間たちが、同じように想いを持ち続けていて、そしてまた、インターネットという場所で出会えたという事実。当時、同じ想いの仲間を探しながら果たせず、どうすればともに語り合える仲間を見つけられるのかと苦しみながらいた気持ちが、じつに二十年を経て実現するとは。このWebサイトを主催されているstudio未来来さんには、かぎりない感謝を申し上げます。言葉に尽くせないほどの。(ホントウニ、ココロカラ、アリガトウ)
たとえばアルバム「OPTICAL SUNRISE」だけでも、いったい何百回、何千回聴いたことか。フレーズの一つひとつ、ブレスのタイミングまで耳に染みついているはずなのに、聴き直すたびになにかしら発見し、新たなイメージが湧き、あらためて惚れなおします。それは、真に優れた作品のみが持つ深みであるのでしょうし、伝えられたメッセージを受け止めきれていなかった未熟な自分の成長をも意味しているのかもしれません。

1999/05/01

華原朋美

いわゆるTKブランドってあまり聴かないので(TMNのベストアルバムは持っている。一度ひととおり聴いて、二度目は聴くのがつらかった)、あくまでテレビとかで見た感想である。
しょせんアイドルだ。だが、しかし、それにしても、だ。歌が下手すぎやしないか。生で歌って音を外すぐらいならかわいげがあるが、あきらかに口パクなのになんでサビの部分で音を外すんだ。外すというより、必要な高さの声が出ていないのだ。プロデューサーが作曲してるなら、ターゲットになる歌手のキーぐらい把握しているだろう。なにを考えているんだ。そういう戦略なのかもしれないが、サビってのはCMやMTVでしょっちゅう流れるもんなんだぜ。つまりそこだけ聴く人間の方が多いのに、なんでわざわざその部分で外すかなあ。これだけしつこく調子っぱずれの歌を聴かされると、特にファンでもない人間としては反発しか覚えないのだが、そのへんどういうつもりでやっているんだろう。

1998/09/10

SMAP

これも好きなんだ。すまんね、イメージに合わなくて。半分は音楽で、半分はいわゆるタレントとしてファンなのだけど。
まずタレントとして。永野のりこがこのあいだ週アスで指摘していたけど、その前からじつは同じようなことを考えていた。つよポンの扱われ方を見ていれば、だれだって高木ブーを連想する。中居クンはリーダーだからいかりや長介とすると、ゴロちゃんのポジションが仲本工事にあまりにも似ている。わたしの考えはそこまでで止まっていたんだけど、永野のりこはさすがだわ。「*むら」と「かと*」かあ。ちゃんと荒井注もいるしな。
少しまじめな話にすると、声優としての香取慎吾をかなり評価している。中居正広は司会者になっていくのだろうが、素人へのツッコミがちょっとキツすぎるような気がするなあ。あれは直した方がいい。

さてやっと音楽の話。実はベストアルバムの「COOL」「WOOL」と、最近のシングルいくつかしかまともに聴いていない。でも、おれの世代の男性で最初から全部の曲をチェックしていたやつっていないと思うぞ。というわけで「COOL」に収められている初期の曲は、はじめて聴いたものが多かったのだが、実はかなり気に入っている歌が多い。「雪が降ってきた」「ずっと忘れない」「はじめての夏」「話をしていたくて」「君は君だよ」など、これらはつまり、「男の子から見た少女マンガの世界」の歌なのだ。
特に、「君は君だよ」がいい。
〈君は君だよ だから誰かの 望むように生きなくていいよ〉……。
思春期の女性ならば、歌詞の一行一行にヒーリングされるだろう。そして最近の思春期はえんえんと三十過ぎまで続くのだし、実はこの事情は男性も同じなのだ。
ところでこの曲、「姫ちゃんのリボン」の挿入歌という扱いになっているようだが、どういう使われ方をされたのだろうか。じつは番組をちゃんと観ていなかったのでよく判らないのだ。
「がんばりましょう」「たぶんオーライ」あたりも同じようなコンセプトなのだろうが、こっちはOLをターゲットにしているようだ。少女マンガからレディースコミックへ進化したようなもんか。
そしてこのあと、「俺たちに明日はある」「青いイナズマ」「ダイナマイト」とカッコいい路線が現れてから、男性ファンも増えていく。そして「夜空ノムコウ」で、SMAPの音楽は、あるいはターゲットを決めコンセプトをもとに綿密にマーケティングされた音楽という商品を売るシステムは(けなしているわけではない。'80年代に青春を送った者にとってこうした「仕掛け」というのは、ひとつの「作品」を観るときの快感に等しいのだ)、ひとつの頂点に達する。
〈あのころの未来に 僕らは立っているのかなあ……〉
この歌詞は、'70年代へのオマージュである。少なくともわたしには、そう聞こえる。一方で、表面的な歌詞世界に沿った「昔の恋を懐かしんでいる」という解釈も、間違ってはいないだろう。つまりは、そういうことなのだ。

1998/09/10

香取くんって、カッドマンやカンディ・フグでもいい芝居してるよな。
いま後ろで日下が、「SMAPのやおいネタ書かせてくれ。木×稲がぁ」とかわめいているが、もちろんそんなもん却下だ(笑)。webでどうやってJ禁にするんだよ。だいたいおれ(nuts)の友人にキムラくんとゴローくんがいるから、気持ち悪くて読めんわ(笑)。

1998/09/16

で、その「夜空ノムコウ」以降、SMAPの音楽活動は低迷していた。というより、なにをやっていいのか、よくわからなくなっていたんだろう。古い箱を引っぱり出して目先を変えてもダメ、同じ路線でやっても、あの名作を越えられないのは判りきっている。ようやく、コンセプト提示というかたちで展開を見つけられたようで、まあよかったのではないか。新曲の「Fly」は、ファーストインプレッションは弱かったが、何度も聴くと、これもいいかな、という気分になってくる。
ところで、「BIRDMAN」コンセプトって「超者ライディーン」を思い出してしょうがないのはわたしだけだろうか。というか、ここを読んでてこのネタが通じる人間がわたしだけなのかもしれないが。

1999/07/05

横山智佐

ここんとこどういうわけか、「檄!帝国華撃団」をエンドレスで聴いている。「(改)」じゃない方ね。どういうわけかって、シングルCDを最近買ったからですけど。いまさら。この曲に関しては、まずやっぱり田中公平がいいということですね。すごいよ。それに加えて横山智佐だし、という展開です。
いちおう、最初の「ラムネ」から彼女のファンではあるんだ。声を聞いているだけで気持ちいい、と思ったのは、いわゆる声優では横山智佐が最初。だけどどういうわけか、オリジナルアルバムは買ったことがない。買って損しないことはわかっているんだけどねえ。
で、ミルクやルリー銀城のころは「可愛い声だなあ」で済ませていたんだけど、春麗とルクレツィア・ノインで、してやられたと思った。やっぱり、地声でまともな芝居ができるからこそ、作った声で可愛い子ぶりっこの芝居しても聞かせることができるってわけだったんですね。いやべつに誰の批判をしているってわけじゃないですよ。ええ。
ああそれにしても横山智佐いいわ。好きです大ファンですこんど結婚してください。

1998/09/16

ブラックビスケッツ

ここんとこどういうわけか、「Relax 〜リラックス」をエンドレスで聴いている。どういうわけかって、シングルCDを最近買ったからですけど。って同じ文章続けて書くとバカみたいにみえるね、ほんと。
ほぼ発売と同時に買ったんで、珍しくヒットチャートに多少の貢献をしたことになる。今回は(日本では)そういう企画じゃないんで、どうでもいいんだけどね。ポケビのおかげで「ウリナリ!」を観るようになって、そのおかげでブラビにも手を出す。まんまと策略にはまっているわけです。っていいじゃん別に。ビビアン可愛いし。天山にはなぜか共感を覚えるし。
アレンジがなんか、'80年代のディスコっぽくていい。わりとお勧めなのが、カラオケのトラックだけエンドレスで聴くの。ヴォーカルトラック抜きでも、けっこう楽しめますぜ。曲としてはやはり、「タイミング」の方が出来はよかったと思うんだけどね。ヘアヌード出したあとでミリオンセラー出したって前例がないと思うけど、それなりのことはあるというかんじだ。

1998/11/03

Rooky

ここんとこどういうわけか、「ねっ」をエンドレスで聴きたくてしょうがないのだが、どこにもシングルCD売ってないよう(;_;)。店頭で聞いてみると、あっという間に売り切れた上にかなり問い合わせが多くて、レコードショップも大変らしい。

1998/11/03

ようやく「『ねっ』」を手に入れた(このタイトル、鍵括弧付きが正しいらしいが、こうして文中に引用するときなどには困ってしまう。ま、「モーニング娘。」よりはましだが)。近所中探し回って、けっきょく見つけるのに副都心まで遠征してしまいました。買って帰るとちゅう、ふと「ここまでして探すようなもんだったのかなあ」という疑問が沸き上がりましたが、そういうことを考えてはいけません。
人工の極致のようなサウンドとエンジニアリングが気持ちいい。多少ゆったりしたシステムで聴いた方が、この曲は映えるだろう。少なくとも、プログラムプレイ機能がないような安物のポータブルCDプレイヤーとヘッドホンの組み合わせはやめたほうがいい。OPまたはEDバージョンのみの1曲リピートかカラオケまで含めた全曲リピートしかできないじゃないか、あうう。コーラス込みで「極致」だから、上記ブラビのとこで書いたような、カラオケだけ楽しむということはできないのだ。
さて、あとはSkirtの「マジカル・ラビリンス」でも探すかな(笑)。(これもリカちゃん人形のCMソングだったのだ。知ってた?)。

1998/11/05

Skirtはまだ見つけていないのだが、Rookyの新曲「わぁお!」はさっそく聴きました。
うーん。「『ねっ』」がインパクト強すぎた、ということかなあ。同じ路線で続けられるとちょっと苦しいのだが、違う路線というのも考えづらいしなあ。アニメのエンディング曲としては、同じ路線でいいのだし、よくできていると思う。

1999/02/07